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年賀状

いつも延び延びにしてしまう年賀状作りだが、家内に原画を描いてもらい、自分が色を付けたり筆字を書いたりして、それをハガキにプリントし、なんとかあとは宛名書きと手書きコメントを入れるばかりのところまで持ってこられた。

せっかく出す限りは、たとえ極彩色でも吊るしや出来合いの素材の寄せ集めにはしたくないし、宛名書きくらい手で書いておきたい。うまい下手ではないのだ。自分の手の跡があるものを届けたいとは思う。それでも昔は一枚一枚絵の具で彩色していたのだから、それに較べれば手抜きもいいところではある。

一昔前は子供の写真入り年賀状に違和感を感じたこともあったが、今やその人(家庭)ならではのものをまだ見せてくれているという意味に於いて、相対的には目を惹くものだと思えるようになってきた。

今後オリジナルな部分を持たせられないほどに忙しくなって来たら、年賀状なんかもう出さない方がいいのだろうか。自分にとっては最早「虚礼」そのものになってしまうから。
まあしかしそれも第九や紅白と同じく季節の行事のようなものだと考えれば良いのだろう。私は既にして失礼を犯している人間ではあろうが、「まあそれはそれ。」と、その程度の失礼も加えてやれるようになっているかも知れない。
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by esquisses | 2008-12-22 17:54 | 雑記

業者が来るまで待てない。

境内の亀の池に、ペットボトルや飲み食いしたゴミを投げ込んだりされるのには困っているが、しばらく前に落ち葉を掃き集めたゴミ袋やパイロンが投げ込まれていたので、12月に業者に掃除してもらうまで待つよりは、なんとか取ってしまいたいと思っていた。

しかし、池の底はレンコン畑ほどではないが、泥がそれなりに溜まっている筈で、胴体まですっぽり履けてしまう防水性のズボンを探していたが、ホームセンターなどでも見つからない。ある人にその話をしたら「釣具屋に行ってみたら」といわれ、先日実際見つけた時は嬉しかった。ウェダー、というのだそうだ。

と早速履いて池に入ってみたのだが、ふちの方は割と浅めでなんとか動けるので、竹の棒も使いながらゴミも集められるのだが、石橋の下や池の中心へは一歩踏み出すごとにスブスブ深くなり、泥の絡まる足も動かせず、真ん中の方に投げ込まれたパイロンやゴミ袋、自転車のタイヤには近づく事すら叶わなかった。悔しい。しかも水が近年減ってきているのと富栄養化のせいだろうか、水が臭う。

専門家と話をした時には、池の水が減ってきたのは、地面の舗装化が進んで、自然に水も湧き出なくなって来た事、蓮などを植えても育たないのは、外来種のカメが池に放たれて、それがハスを食い切ってしまう、との話だった。

なら、これからは池と周辺を再整備して綺麗にするついでに縮小するのが良いかな、とも考える。それなら水道で水を足すにも多少は現実的になろう。
しかし、やるとなれば大事業だし景気も悪い。としてもなんとかこれは成し遂げたいものだ。それはまた開山・中興の両上人や祖父の遺志を受け継ぐ事でもあるはずだ。
境内が広い分こなさねばならぬ問題は山積みだが、ひとつひとつこなしていくしか道はない。
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by esquisses | 2008-12-01 00:08 | お寺

「歴史」について休日の駄文

歴史番組でそれまで「通説」とされてきたものに異説・新説を紹介するものがしばしば目につくけれども、「ホントはそうなんだ〜」と面白がる人もあれば、自らが読み知った「歴史」に照らして「あんな筈はない。」とムキになって否定する人もいる。

「歴史」というものは、既に過ぎ去った事象やそれに派生したあれやこれやの断片や痕跡を組み合わせて紡ぐ物語であろう。
「歴史認識」という物言いは本当に可能なのか。それぞれの物語の間に差異があるという以上の事が云いうるのか。

もし社会通念的に「正しい」歴史と扱われることがあるとすれば、それは『正しさ』によるものではなくて、声高に主張する事、「信じる」に足りると思わせる材料を目につくように用意駆使する功によるものではないか。

この「物語」を信念もって書いた人はさしたる議論も経ぬまま、有無をいわさず首を切られた訳だが、こういう考え方だってあるという事実に目をつぶり、絶対悪のごとくつぶそうとするこの日本社会に「言論の自由」があるというのならば、それは嫌みなのか?悪意なのか?それならまだいい。が、恐らくは単なる無自覚であろう。

さて、私には、どの物語を『正しい』としたい衝動は余りない。もちろん「この物語が正しいと言え」と、はしたない強要をされると受け入れを拒みたくもなるが。

ただこの一国はやはり犯罪者のレッテル付きの敗戦国であり続けているのだなあ、とは感じる。
これが一概に『悪い』のかどうかは分からない。核兵器を落としたり打ち込もうとしている側は平然としているが、この国は落とされて謝った国である。
言い換えれば、相手に非があれば非難するのと、自らに非が皆無でない限り謝るのとどちらの品をとるか。
また、これまでは殴られる代わりに、カネをバラまいて謝まりへつらう事によって喧嘩を忌避する事が出来たとも言える。

これからはどうするのだろう。カネも資源もない。日本が他の国と対等に渉りあおうとするならば想像を絶する軋轢を内外に生ずるのは目に見えている。

私としては国家の座標軸をカネや力から智と徳へ持っていく方が好ましく感じるが、その「東洋的国家」の実現は喧嘩をするより遥かに難しいだろう。
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by esquisses | 2008-11-15 08:56

あれ?

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これらの画像を見て、なにか変だと思いませんか?
合成とかトリックとか使ってる訳ではないのですが。
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by esquisses | 2008-09-26 18:12 | 雑記

前住職(祖父)の日記

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前の住職である政識和尚(せいしきわじょう1901-1968)は私の祖父である。しかし祖父は私の生まれる四年前の昭和43年に亡くなっており、私は祖父の事を直接は知らず、父住職から話を聞くのみであった。

真面目で極めてマメだったという祖父の日記が存在する事は父や伯母から聞いてはいた。数日前に本堂の収納庫にあった古い古い扉付きの本棚を何気なく開けるたら、書籍の並ぶ中に古いノートが沢山入っているのを見つけたのがそれである。
B5の罫線入りノートは全部で35冊、表紙に通し番号が漢数字で一から三十五までふってあり欠本は無し、年代にして大正10年から昭和41年であった。開けば寺での覚え書きや法儀の研究から、論評の書写、外出や会合の詳細、人に買った土産や振る舞った食事の内容にいたるまでびっしりと書き連ねてある。

詳細ではあるが文章は要を押さえており、字が細かく、くずしてある他は読みにくくはなく、活き活きとしたリアリティを感じられて実に面白い。45年の歳月に於いて記される内容の傾向も書体、仮名遣いも変化があるが、これほど膨大な日記を綴り続けたというのはずぼらな私からすれば驚嘆ものだ。

父にその話をし、さらに聞けば、どうも祖父の行状について私は若干の早合点をしていたようで、祖父が本堂の修繕復興などを始めたのは住職になってからではなく、さらに以前の大正時代からであったそうだ。本日早速笠寺観音公式サイトの略史における内容の間違いを訂正した。日記にはまだ続きがあるがノートから和綴じの帳面に切り替えたそうで、それらの分は別の場所に保管してある筈との事。もしかすると逆にさらに古い日記がどこかに眠っているのかもしれぬ。

まだまだあちこちつまみ食いをするようにしか読んでいない。書かれた感想や批評は祖父個人のものかもしれないが(それはそれで読むと面白い)、事実関係を知る上では当時を伝える貴重な史料である。全容を公開する事は無いが、今後読み進めるうちにサイトでも訂正をすべき所が出てくるかもしれない。

以前古い写真を見つけて感嘆した事があったが、それにしてもプリントした写真や、紙に書かれて、モノとなったアナログな記録の力はすごいね。あれこれデジタルデータこさえて記録したつもりになっている自分は、振り返ってみればいったい残すに値する記録をどれほど生み得ているのか。
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by esquisses | 2008-05-15 22:39 | お寺

写真なんか撮ってないで

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中に入れてよー
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by esquisses | 2008-05-09 18:22 | 写真

もう夏が来ましたか

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犬たちは涼を求め、早くも庭で土掘り始めたり、かゆくて掻きむしったり。
今からこの暑さだと、8月がこわいですわい。
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by esquisses | 2008-05-04 22:22 | 雑記

映画『空海』DVD

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真言宗を開いた弘法大師の映画『空海』がDVD化され、さる3月21日(お大師様の入定の日である)に発売された。空海に北大路欣也、最澄に加藤剛、その他丹波哲郎や森繁久彌など、キャストも錚々たるものなら、本編も168分という長大な作品である。

←DVDの詳細はこちら

上映された昭和59年(1984)当時、私は11歳。宗教的な人間になる事を特に意識していない子供であったが、寺には当然映画の案内があって観に行った。その4年前に親につれられて観に行った『天平の甍』は、子供には余りにも理解が至らず、途中でイヤになって泣いて親と共に退場するという顛末だったが、この『空海』は途中で休憩を挟む長い映画であったにも拘らず、最後まで引き込まれるようにして観入った挙句、後日再び上映館に足を運んだのだった。

これが鮮明な映像で再び家で観られるようになったのは、率直に嬉しい。
今の眼で観れば、映画という枠に収める為に色々端折った所は散見されるものの、活き活きした人間描写はリアリティを感じるし、宗教的な感じ方にしてもツボを外してはいないと思った。あの頃の自分にそんな理解の仕方は当然なかったが、やはり現前に展開する事どもの強さに惹かれたのかなあと、懐かしくもあった。
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by esquisses | 2008-03-28 17:00 | 雑記

ヘリコプター初搭乗

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先日知人の紹介で、自衛隊のヘリに乗せていただいた。
音がうるさい、といってもどうしようもない騒音、てことは無くて、我慢できる音量。
なんといっても、時々フッと機体が下がって無重量感が味わえたり風を感じたりと、浮いとるんだな〜というリアリティを肌で、というかケツで感じたりしていた。
そして、速い!小牧〜名古屋港を往復30分かかっていなかったのではないかな。上空から観ているとそれほどスピードは感じられないけれど。
とても興奮した体験でした。知人と自衛隊関係者の皆さんに感謝です。

次は火器演習見学したいですねー。
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by esquisses | 2008-03-15 07:26 | 雑記


お寺、音楽、写真やら、副住職の日々諸々


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