カテゴリ:思索( 7 )

次はお前だ

上記タイトル、古代ローマの墓碑銘にこういうのがあるのだそうです。(池田晶子『人間自身』最期のエセーで読みました)

言い換えれば「人ごとではない」、「明日は我が身」。

「わたし」たちの人生は等しく不測の事態に満ちている。
あそこで起こっている災害は、場所と身体は違えども「わたし」の出来事なのです。

できる事をしよう。
生きるという事についてよく考えよう。
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by esquisses | 2011-03-14 16:26 | 思索

はったり

「〜を知っている」という人より、「〜を知らない」という人の方が、探求や思索への志向がある。と感じることがあります。(もちろんこれに当てはまらない人もいます。例えば、調べ尽くしたり、考え尽くして得たものについての確信がある場合がそうです。そういう人はあまり「知っている」とは喧伝しませんが。)
自身を振り返りつつその気分を探ってみると、「〜のことを知る」とうそぶくその時、その分野の知識も思索も偏っていて、穴だらけであることを同時に見て見ぬ振りをし、ときには相手を煙にまこうとしているのです。わざとすることもあるし、無自覚にやってしまうこともあるでしょう。

年数を重ねたから知っているとは言えない。その分野に関わっているから分かっているとも言えない。
ごじかいごじかい。
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by esquisses | 2011-02-14 22:10 | 思索

立場の違い。

最近望ましくない展開で事が進んでしまった。これは今に始まった事ではない。

双方で合意がなされないまま年月が過ぎて出来た、意見のギャップというものが現時点に確かにある。
合意をはかる機会を持ちたいと私たちは常々思っている。この長い歴史のモヤモヤをどこかで断ち切りたいし、それは可能だと確信している。

ただ、その機会をまだ持てていないので、たがいにそれぞれの立場を語る他はないのもまた事実だ。これは好ましくない面もある。

しかし、その中で、少しずつ変化も起こっていて、その行方を見守りながら、私たちもより良い表現を探っている。
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by esquisses | 2010-10-19 22:30 | 思索

受けとめ方

家内と境内の門の外縁で草むしりをしていたら、通りがかりのおじいさんがしばらく覗き込んでからぽつりとおっしゃいました。

「・・雨が降るとここぞと草が伸びるねえ。ほとけ様でもこれは思うに任せんね。

えっ?・・と思ったのですが、なるほど。
神仏というものの割と一般的な受容のされかたを端的に言い表していると思いました。
ノラ猫の糞の臭いがどこからか漂ってきていたのですが、ふむふむと考えながら手を動かしているうちに臭いのことも忘れ、そのわりかし狭い一帯の草は大体取れてしまいました。
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by esquisses | 2010-05-25 21:41 | 思索

思い返すことば

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「自分は常に余生を生きている。」
「いまとここしか所有出来ない。」

かつて夢甲羅にも書いたことだが、これらの事どもを思い返すたびに、頭の中のゴミがふるい落とされ、人間が生きているうちになすべき事が自然に想起される。
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by esquisses | 2009-10-03 08:45 | 思索

自分への法話、みたいなもの

自らを振り返って考える内、自分がストレスを溜める原因の一つが自覚出来てきた。
何かに関わるにあたって、「仕方なしに」とか「やらされている」とか、「しなきゃいけない」「義務感」を抱くと、これがえらくストレスになるし、結果もろくでもない。学生だった頃も、好きな科目とそうでない科目とでの成績は極端に差があったっけ。
程度の差はあれ、誰しもそういうことがあるかも知れないが、自分はその落差が殊に大きくて自分も辛いし、それが原因で一番近い人間である相方を苦しめることがある。

で、しばしば人には言っているのに、当の自分が分かっていなかったのは、同じ命題でも「自分のために」「楽しんで」するのが善いのだ、ということ。

当然、どうしても興味の持てない事、楽しめない事をしなければいけない時もあるが、可能な時はそれに関らない。受験勉強じゃないのだから。

逆に、やるとなったら他人事ではなく、自分のものとして進める。
「自分が調べ、作る」「どうしても必要でない限りは人に意見を求めない」「どう工夫してくれようかを楽しむ」といった所だろうか。
楽しくて、上手くいった手応えがあった時は、そうだった。そういう気分を掴んでいた時だったのだ。

生活をよりおいしく食べていくための、私自身へのアドバイスとして。
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by esquisses | 2007-10-23 11:25 | 思索

池田晶子さん

今日、何気なくネットサーフしていたら、
文筆家・哲学の人、池田晶子さんが今年の2月23日に腎臓癌で亡くなっていたことを知った。行年46歳。

彼女の語る言葉は、彼女個人の意見や主義ではなく、存在、言語、生死をひたすら見つめて問い続けた普遍の視線の軌跡であった。
彼女の語ろうとするところが「気づき」さえすれば誰もが持ちうる感覚であるがゆえ、彼女の身体的存在の有無はさしたる問題ではないと言うこともできる。
が、多くの気付きや問いへ機縁を失ったかもしれぬと思うと、残念でならず、またそういった勘定を超えて、淋しい気持に襲われた。

宇宙を切開しつつ走り抜けた魂に思いを馳せる。
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by esquisses | 2007-04-16 23:00 | 思索


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